【ピアノ】左手作品から読み解くルートヴィヒ・ベルガー:左手のために書かれた最初期の出版作品

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【ピアノ】左手作品から読み解くルートヴィヒ・ベルガー:左手のために書かれた最初期の出版作品

► はじめに

 

左手のためのピアノ音楽の歴史をさかのぼっていくと、ある一曲に行き着きます。ルートヴィヒ・ベルガー(Ludwig Berger, 1777–1839)が1810年代後半に書いた「12の練習曲 Op.12 より 第9曲」。これは、左手のために明確に書かれた最初期の出版作品とされています。

ベルガーという名前は、現代ではほぼ忘れられていると言ってもいいでしょう。しかし彼はメンデルスゾーンの師であり、「無言歌集」の原型を生み出したとも評される人物です。そしてその晩年は、腕の神経障がいという形で左手と向き合わざるを得ない運命に置かれていました。

 

► 左手作品から読み解くベルガー

‣ ベルガーという人物

 

1777年4月18日、ベルリンに生まれたベルガーは、建築家の家庭に育ちました。少年時代をテンプリンとフランクフルトで過ごし、フルートとピアノを学んだ後、1799年にベルリンでギュルリヒに作曲を師事します。その後、ムツィオ・クレメンティに師事し、彼に同行してサンクトペテルブルクへ渡ります。ベルガーはそこで約8年間を過ごし、ジョン・フィールドらの音楽にも接しました。

1812年、ナポレオン軍の侵攻を逃れてロンドンへ渡ったベルガーは、そこでもピアニストとして熱烈な歓迎を受けました。ヴェルサイユ条約後はベルリンへ戻り、終生この地に留まります。教師としての評判は特に高く、メンデルスゾーン、ファニー・ヘンゼル、タウベルトら、後の世代を代表する音楽家を教えました。

ところが1817年頃、腕の神経障がい(エーデルの資料では「脳卒中により右腕が使えなくなった」と記述)によって演奏活動を大きく制限されることになります。演奏家としての活動が制限されながらも、ベルガーはその後も作曲と教育を続けました。ピアノ協奏曲、ソナタ、練習曲、変奏曲、教育用ピアノ作品など、多岐にわたる作品を残しました。

作曲家としてのベルガーは、ベートーヴェンの影響を受けながら、のちの「歌うような」ピアノ音楽への橋渡しをした存在として位置づけられます。特に彼のエチュードの一部は、メンデルスゾーンの「無言歌集」の直接的な先例になったと指摘されています。

 

‣ 左手作品を読む:12の練習曲 Op.12 より 第9曲

 

譜例(PD楽曲、浄書ソフトで作成、1-4小節)

12-9

Etude de Chant for the left hand Op.12-9

作曲:1820年頃
演奏時間:約3分10秒

 

「12の練習曲」全体の中で、左手のみのために書かれた唯一の曲であり、他の11曲は両手で演奏するために書かれています。

この作品以前にも、左手または右手のどちらでも演奏できる作品は存在していました。しかし、エーデルの「Piano Music for One Hand」によれば、ベルガーのOp.12-9は、左手のためだけに明確に書かれた作品として、おそらく最初に出版されたピアノ作品とされています。

カール・ライネッケによる序文には、この練習曲集についてシューマンが高く評価していたことが紹介されています。
レヴェンタール編の「Piano Music for One Hand」やケーラーのOp.302などの代表的なアンソロジーに収録されており、この作品の重要性を感じずにはいられません。

「Etude de Chant(歌の練習曲)」というタイトルの通り、技巧を前面に出した練習曲というよりも、旋律を歌わせることに重点を置いた作品です。長調と中間部の短調の対比も美しく、シンプルながら耳に残る小品となっています。原典版に記された運指はベルガー自身によるものです。

ベルガーが腕の神経障がいによって演奏活動を制限される時期と、この作品が書かれた時期が近接していることを考えると、ベルガーが左手のためにこの曲を書いた背景に、自身の身体的な経験が何らかの形で影を落としていた可能性は考えられます。ただし、その直接的な関係を示す資料は確認できません。

小節ごとの運指・ペダリング・声部のバランス・ダイナミクスの設計など、実際に演奏する際のポイントについては、【ピアノ】ベルガー「12の練習曲 Op.12 より 第9曲(左手のための)」演奏完全ガイド で詳しく解説しています。

 

► 終わりに

 

200年以上前、ベルリンの一人のピアニスト兼教師が左手のために書いた一曲が、今も左手のためのピアノレパートリーとして生きています。それだけでも、ベルガーという名前を記憶に留める理由として十分でしょう。

左手のためだけに明確に書かれた最初期の出版作品。その作者であるベルガー自身もまた、左手のピアノ音楽の歴史を語るうえで、重要なキーワードの一人と言えるでしょう。

 

参考文献:

・「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)
・「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)
・ニューグローブ音楽大事典「Berger, Ludwig」の項

 

併読推奨記事

・【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー
・【ピアノ】「One Handed」(ドナルド・L・パターソン 編)レビュー

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

左手・片手のためのピアノ音楽を専門とし、作曲・編曲、講演などを行っています。また、当サイト「One-Hand Piano Institute」を運営し、作品・作曲家・音楽史・技術(作曲・編曲・演奏)・楽譜・文献まで、片手で演奏するピアノ音楽を多角的に紹介しています。

日本音楽コンクールをはじめ、国内外の作曲コンクールで受賞歴を持ち、これらの受賞作品はいずれも、左手ピアノを編成に含むアンサンブル作品、および、左手のためのピアノ独奏作品です。
また、大学院では左手のためのピアノ音楽における作曲・編曲をテーマに研究し、首席で修了しています。

右手の負傷をきっかけに出会った左手のためのピアノ音楽に心惹かれ、以来15年以上、この分野に取り組んできました。左手音楽の魅力と可能性を、より多くの方に知っていただけたら嬉しく思います。

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