【ピアノ】片手ピアノ関連映画「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」レビュー
► はじめに
今回紹介するのは、ブラジルの名ピアニスト、ジョアン・カルロス・マルティンス(João Carlos Martins)の人生を描いた劇映画「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」。ドキュメンタリー映画「Die Martins-Passion」と同じ人物を題材にしていますが、前者は俳優によって人生を再構築した劇映画、後者は本人への取材や実際の演奏を中心としたドキュメンタリーという違いがあります。
本記事では、映画そのものを詳細に解説するのではなく、左手演奏が登場する場面を中心に、左手ピアノとの関わりという視点から内容を振り返ります。
タイトル:Joao, o Maestro(邦題:マイ・バッハ 不屈のピアニスト)
公開年:2017年(ブラジル)/ 2020年(日本)
上映時間:117分
監督:マウロ・リマ(Mauro Lima)
片手ピアノ関連度:★★☆☆☆(明確な左手演奏のシーンが含まれるが、総量としては少ない)
►「Die Martins-Passion」との違い
マルティンスを扱った代表的な映像作品には、以下の2本があります。タイプが大きく異なるため、ここでは両作品の違いを簡単に整理しておきます。
・Die Martins-Passion → マルティンス本人の人生、身体の状態、演奏活動を追ったドキュメンタリー
・マイ・バッハ 不屈のピアニスト → マルティンスの人生を映画俳優が演じる劇映画
ドキュメンタリーのほうが本人の生の言葉に触れられるのに対し、こちらは劇映画ならではのドラマチックな演出が加えられているのが特徴と言えるでしょう。
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ 物語の始まり方
物語は「ブラジルのバッハ弾き、奇跡の復活」というニュースから幕を開けます。まず復活後の両手演奏の様子が描かれ、その後、時間を遡るようにして子供時代の神童ぶりが語られていく構成になっています。
‣ 左手演奏が登場するのは本編100分頃
本作において、左手だけで演奏する場面が描かれるのは、実に本編100分を過ぎたあたりです。しかも、その尺は数分程度と、決して長くはありません。片手ピアノを目当てに鑑賞する方は、この点を頭に入れておくといいでしょう。
‣ きっかけとなる夫婦の会話
左手演奏へと至るきっかけは、リビングでテレビを見ながらの夫婦の会話でした。テレビには片手でジャグリングをする人物が映っており、奥さんが「すごいわ、片手でジャグリングを」と口にします。それに対しマルティンスは「左利きだ」と返しますが、奥さんは「彼は片手よ、右も左もない」と言い返し、マルティンスは「あれは左手だ」とつぶやきます。この何気ないやり取りが、映画の中ではマルティンスが再び左手演奏へ向かうきっかけとして描かれました。
このシーンをきっかけに、マルティンスは楽譜棚からラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」の楽譜を探し始め、自宅でこの曲を演奏する場面へとつながっていきます。
‣ オーケストラとの共演
自宅での練習に続いて描かれるのが、ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」をオーケストラと共演する場面です。比較的ゆっくりとしたテンポでの演奏です。
なお、本作で流れる演奏曲は、すべてマルティンス本人による実際の録音演奏が使用されました(エンドクレジット直前でその旨が解説)。俳優が演じる映像に、本人の音が重ねられることで、フィクションでありながらも説得力のある仕上がりになっています。
このオーケストラと共演する場面では、世界各地での「左手」の演奏会情報を伝えるポスターや告知が、テンポよく連続して映し出されます。
ロシアのモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団による公演告知では、「バッハ作品のユニークな解釈」という言葉とともに、9月7日に行われる公演が紹介。イタリアのピアノ・シティ・ナポリでは、「左手のための演奏会」というタイトルのもと、スタインウェイ・アンド・サンズやフェラーラ・ピアノの協力によって開催される様子が紹介。さらにフランスの「第21回 国際ピアノフェスティバル(ラ・ロック・ダンテロン)」では、7月18日から8月17日にかけて「左手のための演奏会」が開かれることが紹介。
マルティンスが世界各国をまたにかけて左手演奏に取り組んでいたことが伝わるシーンとなっています。実際のマルティンスも、2000年代初頭にラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」を中心とした演奏活動を行っています。
‣ 意気込みから一転、「進行性の収縮」へ
今年は50回以上、左手の演奏会を行いたいと意気込んでいたマルティンスでしたが、その矢先に左手が「進行性の収縮」に見舞われてしまう場面が描かれます。せっかく取り戻した演奏の手段までもが奪われかけるという展開に、これまでの人生を思うと胸が痛みました。
左手演奏に関する描写は、ここまでとなっており、この後は、指揮者としてのマルティンスの姿が描かれていくことになります。
‣ 予告編にも使われた「シャコンヌ」のシーン
本編60分頃には、バッハ=ブゾーニ「シャコンヌ」を両手で演奏する場面が登場しますが、これは予告編にも使用されている印象的なシーンです。
「シャコンヌ」は、ブラームスによる左手用編曲が存在することから、左手ピアノとの関わりも深い作品です。そのため、後半の左手演奏の展開を予告するような印象も受けます。ただし、これはあくまで映画を見たうえでの筆者の解釈であり、実際に伏線として意図されたものかどうかは分かりません。
なお、バッハ=ブラームス「シャコンヌ」自体は、本作には登場しませんでした。
► 終わりに
映画では描かれていない左手レパートリーや演奏活動も数多くあり、本作で描かれているのは、あくまでも2000年代初頭の演奏活動の一部にすぎません。実際、映画に登場する左手作品もラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」のみとなっています。片手ピアノというテーマだけを求めて鑑賞すると、やや物足りなさを感じるかもしれませんが、マルティンスという一人の音楽家の生涯を描いた作品として観れば、十分に見応えがあります。
したがって、本作は「左手ピアノを詳しく知るための映画」というより、マルティンスの生涯を描いた映画の中に、左手演奏の時期が含まれている作品と考えるのが適切でしょう。
ドキュメンタリー「Die Martins-Passion」とあわせて鑑賞すれば、本人の言葉と、俳優によって再構築された物語の両方から、マルティンスの生涯と左手演奏への歩みを知ることができます。
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